トラウマはあっさり手放せる?気持ちいい心でいる為にいらないものは断捨離!

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私が自分勝手に思い込んでいたの「トラウマ」が、あっさりと消えたお話しです。

この記事を読んだ人は、同じように自分自身であっさりトラウマを消せると思ったのでシェアしたいと思いました。

(結論だけ知りたい方はズズズィーっと後半までスクロールしてくださいっ)

それは幼稚園に通っていた頃の出来事が元でできたトラウマです。

担任のY子先生は、クラスのみんなに嫌われていました。負の感情がまだあまりない幼稚園児に嫌われるって、よほどのことですよね。

幼稚園児なので悪口とかはまだ言えない年代なのですが、例えば、子供達が一丸となって、Y子先生が教室に入ってこないようにドアを閉め椅子を重ねて開けられないように防御したりしていたのです。子供達の思いが行動に素直に現れていたようです。

私のトラウマもY子先生の言動からはじまったものでした。

その時のクラスの中にケンちゃんという いたずらっ子 がいました。いつも元気なケンちゃんが、ある日幼稚園にこなかったのです。

また翌日もその翌日も来なかった。どうしたんだろう?とちょっと心配になりました。

Y子先生は、集まった園児たちにケンちゃんが幼稚園に来ない理由を告げることにしました。

その内容を聞いた5歳の私はショックで凍りついてしまったのです。

 

なぜ幼稚園児にこんな話をしなくてはならないの

 
Y子先生のお話は....

「ケンちゃんはお祭りで買ったヒヨコを大事に育てていました。だけどヒヨコは、大きくなってニワトリになってしまいました」

「ニワトリの姿になったヒヨコを、お母さんがキモチ悪がって、お肉屋さんに引き取りにきてもらいました」

「幼稚園から帰ってきたケンちゃんは、可愛がっていたニワトリが小屋にいないのでお母さんに聞いてみたら、お肉屋さんに渡したよ、と説明されました」

「そのことを知ったケンちゃんは、激しく怒り悲しみ、部屋に閉じこもって出てこなくなってしまいました」

これがY子先生が子供たちに話したことです。

最愛のペットを殺された子供の心

  
大人になった今聞いたとしても、ちょっとかわいそうなお話です。

でも相手がまだ世の中のこともよくわかってない幼い子供達だったら、大きなショックを受けてしまう子もいるのではないでしょうか。

このことは、この世界の食物連鎖のことを学ぶ良い機会にすることもできたかもしれません。

ですが、Y子先生の話し方はまるでおばさんの井戸端会議のような雰囲気で事実をたんたんと語っていただけだったのです。

5歳の私は、可愛がっていたペットを勝手に殺されたケンちゃんの気持ちを思って、かわいそうでなりませんでした。

それと同時に「こんな怖いことが(世の中に)あるのか」と、ものすごい恐怖を感じました。


まだ子供ですから、ペットの可愛いヒヨコが勝手に殺された、というところにフォーカスしてしまったのですね。

数十年後のケンちゃん後日談

 
この出来事を鮮明に覚えているのは、相当ショックが大きかったからだと思います。 

大人になって心理学の本を読むようになってから、トラウマという言葉を知りました。トラウマとは「心の傷」のことです。

もしも私にトラウマがあったとしたら、このY子先生とケンちゃんの一件の出来事かな!?と、なんとなく思ったりしていました。(専門家に言われた訳ではないのですが)

ケンちゃんとは小学校も中学校も同じで幼馴染です。だけど、その頃も大人になってからも、会ったり話したりしたことはなかったです。

ところが40代になったある日、たまたま話す機会がやってきました。

ケンちゃんは、大人になって人の心や体の健康に関する専門家になっていました。

だから、私のトラウマについてお話ししてみたんです。

「あのさぁ、幼稚園の時にお祭りで飼ったヒヨコの件、覚えてる?」とケンちゃんに聞いてみました。

するとケンちゃんは「もちろん、よく覚えてるよ〜」と答えました。

私は、「あの話、Y子先生がみんなにしたんだよ。私すごくケンちゃんが可哀想でならなかったし、同時にすごく怖くなっちゃってたんだ。」

と告げました。

「あ、あのニワトリ🐓ね。あの日の夜は家族で鶏鍋をしたんだ。その時、食べながら今食べてる鶏肉はあの子だな、って親同士の食卓の会話でなんとなくわかったよ。」

ケンちゃんは笑いながら、驚きの新事実を話してくれました😱。

「え?それがわかってどう思ったの!?」と質問してみました。

するとケンちゃんは、最初はペットを勝手に取り上げられたことに対してすごくショックで、しばらくは怒りと悲しみの中にいたと話してくれました。

だけど、自分がその愛しのペットを食べているとわかった時に、自分の中で「何かが変わった」のだと教えてくれました。

もしかしたらこの一件で、『命の大切さ』について学んだのかもしれません。

だから大人になって、体や心の専門家の道にすすんでいったのかな?と考えると、彼にとっては必要な学びのある出来事だったのでしょうか。

トラウマって、自分で勝手にそう決めたからここにある


「なんかすごいな〜。私なんか🐔話を聞いただけでトラウマになってるぐらいショックだったのに!」って言ったら、ケンちゃんはこう言いました。

「あはは、トラウマは自分でそう決めたからトラウマになってるんだよ、君はそれをトラウマにすることに決めたんだね」と。

トラウマ的出来事の主人公である当の本人が、そんな風に言うので、なんだか目が点になってしまいました。

私が勝手に、このことをトラウマに認定したんだ!?

それならば.....

また勝手に、トラウマをやめればいいだけなのか!

そう気づけた瞬間に、トラウマが消滅してしまいました。

 

ものごとを見る視点が、大人になれば変わるのだから

 
ものごとを見るときの『視点』というものは、3D映像のように多角的な方面からいかようにも見る事ができるものですよね。

体と心の専門家になったケンちゃんのおかげで、固定された視点で見ていた恐ろしい事象を、視点を動かしてもっと広い視野で見る事ができました。

子供の時は、まだ世の中の事がよくわかっていないので、このように”平面的な視点”で出来事を見ていますよね。

だから、衝撃的な出来事があった時に感じた感情が、無意識の中に固定化されてしまうのです。

そして、その時の感情が『思い込み』の種になってしまうのでしょう。

これがトラウマの正体です。

『思い込み』は、大人になった私たちの前向きな行動を邪魔する大敵になってしまいますので、できれば断捨離したいですね。

トラウマは、視点が広まった時点であっさり手放せるもののようです。

気持ちいい心でいる為に、いらないものです!

思い込みの種であるトラウマの断捨離は、思うより簡単にできるのかもしれません。